チーズジレンマ

編集長 水迫尚子

 

チーズを特集したうえで白状しますが、私はチーズが苦手です。

嫌い、とは違うんです。なぜなら、ピザやチーズたっぷりのラザニアやグラタンなど溶けて他の味と混じればむしろ好きだし、レアチーズはだめでも、焼きチーズケーキは食べられます。いや、待て。溶けてもゴルゴンゾーラは無理だった。焼きチーズケーキもチーズ配合の閾値を超えるとキビシイ。

チーズ好きの人たちにそう伝えると、最初の反応は「うそ!なんで?」。このリアクションは日本人でもオランダ人でも同じで、日本人のほうがやや驚きが大きく、「そうなの?本当に??」と、嘘こいてるんちゃうかともう一度確かめようとする人もいます(いやいや、そんなしょーもないウソ、つきませんて)。「オランダにいる意味、半分なくない?」と、さらにたたみかけられることも。オランダ人の場合は、チーズがあまりにも日常食なので、「あら」とびっくりしますが、それ以上問いかけることはしません。こんなところにも、おいしいものへの貪欲レベルの違いが見てとれます。

 

チーズ好きな人の辞書に「苦手」という言葉はない
そしてどちらの国の人にも共通するのが、苦手と伝えたのにも関わらず、次の機会にもチーズが出される頻度が高いこと。チーズ好きの人たちはチーズ苦手の認知機能が働かず、情報がなかなかインプットされないようです。「ごめんね、チーズ苦手で…」と再び伝えると「あ、そうだったね、ごめんごめん」。あるいは、「うそ!なんで?!」とふりだしに戻ります。

日本への一時帰国でも、おみやの人気トップはチーズです。手を替え品を替え、様々なものをオランダから調達したけれど、「わざわざ、そんな~」と遠慮もされず、「あら、珍しい」と義理お礼も受けず、渡した途端に顔がほころぶ唯一のおみやはチーズであることが分かりました。なので、日本に帰る前はチーズ専門店で大量にチーズを買い込みます。

チーズ専門店で困るのは、「このチーズはどんな味ですか?」と質問した途端、「んな、説明いらんやろ。食べろや」と即座に試食を削ってくれること。店に入った途端に削ってくれることもあります。かたまりチーズがいちばん苦手なので、申し訳ないけれど口にできません。無理やり食べたこともあるけれど、飲み込むのが精いっぱいで反応に目を輝かせるお店の人の期待に沿うことができませんでした。なので、チーズ専門店に行くときには必ずツレのオランダ人Pどんを連れていき、私の代わりに試食してもらうようにしています。「この人はチーズ通」「この人はあっさりが多分好き」「この人はワインと一緒に楽しむ」と事前ブリーフィングをしておけば、日本に8年ほど暮らしただけあって的確に選んでくれます。

 

専門店のチーズ愛
と、チーズ苦手の口上をだらだらと述べましたが、今回はチーズ特集です。チーズ専門店取材が待っています。担当ライターさんたちはチーズ好きだし、編集作業には何ら問題はないし、私は撮影だけだし。問題ないはず!

訪ねたのはアムステルダムザウドにあるモールGelderlandpleinのAlexanderhoeve。ソーシャルディスタンスを保ちながらの営業ですが、ひっきりなしにお客さんが入ってきて、けっこう忙しい。「フレッシュなの」とか「すごくすごくフレッシュなの」とか、言うまでもなくいつものアレとか、いろんな買い方をしています。そんなお客さんを興味深く観察していたところ客足がふと途絶え、取材開始。「何でも聞きなさい!」と店主のリックさん。オランダ育ちのひろみさんが質問しはじめると、電光石火の速さで試食タイムになりました。はや! どうしよう。何て言って断ろう。ここは無理にでも食べたほうがいいかなと秒速で葛藤している間にもリックさんがひょいひょい削っていきます。私の分も削ろうとしてくれたところで、私のチーズ苦手を知っているひろみさんが「彼女はチーズが好きじゃなくて」。リックさんのチーズを切る手がピタととまり、私を顔をじっと見た後、入り口の方を指さし、ひとこと「Get out」。

もちろんジョークです。大柄で豪快なオランダ人おじさんたちはこの手の黒いジョークをよく飛ばします。いやいや、リックさん、半分本気だったかも。そのくらい彼のチーズ愛は深かった。リックさんだけではありません。チーズ専門店の人たちはチーズ愛に溢れているのです。説明する時の嬉しそうな顔は、自慢のわが子を話す親のよう。

「うちの子、こんなこともできるようになってさー」と話し始めた人に間髪を入れず「それ苦手です」って返したら、めちゃくちゃ気分を害しますよね。そんなことしたくないのに、「すごいねー」って一緒にうなずきたいのに、それができない。できないなら、そういった会話に一切加わらなければいいのに、そう割り切るにはあまりにも楽しそうで、ついつい戻ってしまい、でも会話には加わらずに窓の外から楽しそうな様子を眺めている。ああ、輪に入って舌で実感したいチーズ愛。自分が残念すぎます。

 

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